江戸時代の忍術書「伊賀問答忍術賀士誠(いがもんどうにんじゅつかざむらいのまこと)」では、神武天皇の秘策を受けた道臣命(みちのおみのみこと)を忍術の根源とし、『忍術應義伝(にんじゅつおうぎでん)』では、聖徳太子に仕えた甲賀の大伴細人(おおとものさびと)が、その働きから「志能便(しのび)」と呼ばれたことに始まると記載されています。さらに、伊賀には“鬼”を忍者の起源とする藤原千方伝説が残されるなど諸説ありますが、裏付けされる史料が見つかっておらず、忍者の起源は謎に包まれたままです。

荘園の勢力拡大が忍者たちを生み出した
忍者の起源として、伊賀忍者は奈良時代以降の荘園に反発した「悪党」を起源とする説が有力です。荘園とは、寺社や貴族が財力で土地を切り開き、自分たちの領地として管理する大規模な農園のこと。奈良に近い伊賀には東大寺や興福寺などの荘園があり、「悪党」たちはその勢力に反発して奇襲や撹乱などの戦法を駆使したとされています。一方、甲賀にも東大寺をはじめ比叡山延暦寺などの荘園がありましたが、荘園での農業技術の発達により生産力を高めた小農民が名主となり、のちに甲賀忍者の起源とされる地侍へと力をつけていったとされています。