室町時代になると、荘園を経営する寺社勢力の衰退にともない悪党の活動が徐々に消失していき、代わりに悪党の血を引いた地侍が台頭していきます。伊賀、甲賀ともに有力な大名がいないことから、地侍たちは「伊賀惣国一揆」や「甲賀郡中惣」と呼ばれた自治組織で団結し、自らの手で地域を守っていました。彼らの結束は「一味同心」と称され、平楽寺跡や油日神社、甲賀衆結束の鎮守の社などに集まり、話し合いによってどの勢力に加担するかを決める、いわゆる傭兵のようなものでした。この組織的な力は城館の分布にも表れています。大きな城はなく同じ形の城館が密集しており、いまでも中世城館群として当時の面影を残しています。