忍者の装束
黒装束は“演劇が生んだ記号”
黒装束の忍者像は歴史的事実ではなく、歌舞伎などの演劇から広まったと言われています。本物の忍者は「目立たないこと」が最重要で、1681年(延宝9年)に紀州藩軍学者の名取正澄によって書かれたとされる忍術書『正忍記』には、茶色・紺色・黒色・縹色など、当時の一般的で地味な色が推奨されていたとあり、黒装束は“忍者であることを示す舞台上の記号であり、実際の忍者は周囲に溶け込む服装をしていました。
手裏剣
⚔2. 手裏剣は、現代では忍者の代名詞ですが、忍者の象徴だが、実像とは異なり、忍術書には手裏剣の記述がほとんどなく、実際には武士の武芸の一種として伝わったものが、江戸時代の演劇や文芸作品で“忍者の武器”として定着したのでは?という説があります。現代の「手裏剣=忍者の武器」というイメージは、エンタメ側の創作が強く影響しています。
印を結ぶ
忍者のポーズで有名な忍術を使う前に結ぶ「印」もまた忍術書に印の記述はほとんどなく、江戸時代前期の日本の忍術伝書『万川集海』に「身を隠す際に印を結び呪文を唱える」という一例があるのみで、一般に知られる「九字護身法」は、密教由来で忍者固有のものではなく、印を結ぶ忍者の姿は、後世の創作によって強調された演出ではないかとする説もあります。
くノ一
女性忍者「くノ一」のイメージの誕生は、「くノ一」は元々“女性”を指す隠語としてあり、戦後の小説・映画・漫画で女性忍者として一般化します。『万川集海』にある「くノ一の術」は、女性を使った潜入方法のことで、女性忍者がそのものが実在した記録は確認されていません。現状、歴史的な裏付けはありませんので、「くノ一」は、エンタメが生んだキャラクター像であるとも言えます。
「黒装束・手裏剣・印・くノ一」など、現代の忍者イメージの多くは、江戸時代の演劇や戦後の大衆文化によって“演出の結晶”として形づくられたのが“エンタメ忍者”の特徴です。
