忍者巡礼

SHOGUNの時代に忍者は何をしていたか|戦国末期の忍者の実像

    FXドラマ『SHOGUN 将軍』は、関ヶ原の戦い前後の時代を舞台にした歴史ドラマです。忍者が主題の作品ではありませんが、この時代は史実の忍者にとってきわめて重要な転換期でした。SHOGUNの時代に忍者は実際に何をしていたのでしょうか。

    SHOGUNの時代設定と忍者

    『SHOGUN』の物語は慶長5年(1600年)前後、関ヶ原の戦いが近づく時代を背景にしています。この時期は伊賀・甲賀の忍者たちにとって、最も歴史の表舞台に近い時代のひとつでした。

    関ヶ原前後の忍者の実像

    神君伊賀越え(1582年)

    SHOGUNの時代の約20年前、本能寺の変(1582年)が起きた際、徳川家康は伊賀を越えて三河へ逃れました。この「神君伊賀越え」において伊賀の忍者たちが家康一行を助けたとされており、この出来事が後の徳川家と伊賀者の深い結びつきの起点となりました。

    神君伊賀越えを辿る旅

    関ヶ原と伊賀者・甲賀者

    関ヶ原の戦い(1600年)において、伊賀者・甲賀者は徳川方として活動したとされています。戦場での諜報・撹乱活動に加え、徳川家康の身辺警護も担っていたと考えられています。

    江戸幕府成立後の忍者

    関ヶ原以後、徳川家が天下を掌握すると、伊賀者・甲賀者は江戸幕府の組織に組み込まれました。伊賀者は「御庭番」の前身となる役割を担い、幕府の情報収集・警護を担当しました。

    SHOGUNの時代はちょうど「戦国の忍者」から「江戸幕府の忍者」へと役割が移行する過渡期にあたります。

    この時代の忍者ゆかりの地

    伊賀・名張(三重県)

    神君伊賀越えのルートが通った地域。伊賀流忍者博物館では関ヶ原前後の忍者の役割についても学べます。

    伊賀・名張を巡る

    駿府(静岡県)

    関ヶ原後、徳川家康が隠居した駿府城。甲賀者・伊賀者が警護を担った城下町です。

    駿府と忍者

    SHOGUNにおける忍者描写について

    SHOGUNは忍者を主題とした作品ではなく、忍者の描写は限定的です。ただし作品の時代背景を理解するうえで、この時代の忍者の実像を知っておくことは、歴史ドラマをより深く楽しむことにつながります。

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